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執筆者の写真田中 利加

お遍路旅 七ヶ所参り


友人との『四国お遍路 七ヶ所参り』をしてきました。


『弥谷寺』 『曼荼羅寺』 『出釈迦寺』 『甲山寺』 『善通寺』 『金倉寺』 『道隆寺』


行程、36㎞のお遍路道を3日間で歩きました!

1日目5.4㎞、2日目16.3㎞、3日目14.4㎞。

4㎏のリュックと1㎏のショルダーバッグをかけて、歩けちゃいました。


できるのかなぁ💦って、とーっても心配しました。

40代、ベッドから立ち上がれないほどストレスで寝込んでた私。


それを助けてくれた子どもたち、そして、友人、そして、病院の先生。。

その人たちにお返しを、と、ずっと考えてました。


「これは歩いて、元気になったことを伝えなくては。」


私は仏教徒ではないけれど、ご縁を大切に、この旅に臨んでみようと思いました。



動けなかった私は、周りの人のおかげで少しずつ、回復。

その時に始めたのが、ヨガでした。


《ヨガとの出逢い》は、遡ること46年。高校2年生の終わりでした。


大学に行きたいと思いましたが、なかなかうまくいきません。7時間〜10時間ピアノを練習してるのに、先生の表情は、とーっても暗い😂

そんな時に本屋さんで出会ったのが、【沖正弘さんのヨガ入門】という本でした。

ヨガという言葉は知らなかったし、ポーズなんてことも知らなかったけど、その本の中に集中力の練習が書いてあったんです。

その本は、ヨギ(密教の修行者)のされている修行の仕方が書いてありました。

半紙の真ん中に3㎝の黒丸を自分で書き、それを正座して10分間見つめるというものでした。はじめは、正座で10分間座れなかったのが座れる様になりましたが、雑念《今日あれ美味しかったなぁとか、あの子がこんなこと言ってたなぁとか》、がどんどん出てきて黒丸に集中できません。でも、受験という大きな壁があったので、向かわなくっちゃ!と必死でした。

半年した頃、本に書いてあったように、目の前が真っ暗になり、入試の直前の2月(3月7日が実技の入試てした)とうとう本に書いてあったように目の前が真っ白になったんです!

すごい!って思いました。入試は、2分も弾けません。

ホントにその真っ白のおかげで、受かったと思います。


これが「密教」という言葉との出会いでした。


それが、弘法大師さまに繋がっていくのに、

何十年もかかりましたが、今、その時になったと思います。


“一歩一歩に思いを込めて。”


とはいっても急に歩けません。

そこで、


【私のなんちゃって修行】


が始まりました。

インスタに60歳から登山を始めた方がいらして、刺激を受けました。

今動かなくていつ動くの!


私は、昔、空手を習っていました。沖縄少林流空手志道館の藤田道場の藤田先生から、『自分の身体は自分で治す』と、教えられました。が、なかなか行けないので、15年前からYouTubeにある24式太極拳を勉強して、型を覚え、見様見真似で太極拳をしています。そして身体を整えるのに長男からゆるめなくちゃ!」と言われて、《B∼Flowの真理子先生》のヨガを7年前に始めました。そして、コロナの時に始めたYouTubeでのエアロビクス。はじめは6分ぐらいの動画でも、動きがわからず悩みましたが、毎日少しずつ理解していきました。動きをね。それから10分、15分、そして20分と長いのに挑戦。4年たって、中級の動きにもついていけるように✨

こうした下地があった私は、これにプラスしていけば良いよね、って【なんちゃって修行】が始まりました。


それで、9月から、朝の犬の散歩の時に、4㎏のリュックと1㎏のショルダーバッグを背負って歩きました。エアロビクスも負荷をかけるものと組み合わせてね。

20年ほど前、2年ほど寝込んでいたとき腕が毎晩つって、激痛だったため、ピアノも弾けず字もかけなくなっていました💦今では、もちろん腕は回復して、ピアノが弾けるようになっていたのですが、ピアノが弾けなくなると怖いので、字は書かなかったというのが本音です。般若心経の写経をするのにためらいがありましたが、やればできるものですね。毎朝、書供養になりました。


さぁ、出発です。

瀬戸内海を渡る「マリンライナー」から見える景色は、島が点々としていて、『物語の世界に入っていく〜ぅ』、と旅の始まりにぴったりな、眺めです💞


四国に入りました。『あぁ、山が丸い!建物が低い!』

まるで、テレビでやってる昔の、風景を見てるみたいです。


坂出駅で乗り換えて詫間駅に着いたら、

『え、扉が開かない💦』

そばにいた若い方がボタンを押して開けてくれました✌️

自分で開けるんでした。


いざ弥谷寺へ


ホテルにリュックを置かせていただき、弥谷寺へ向かいました。

540段余りの階段は、昇運の階段といわれるそうで、その中に

108段の階段、百八階段

があります。

四苦八苦(4✕9+8✕9で108)の煩悩を落とすと書いてあったので、少しでも落ちますようにと祈りながら登りました。

日本の3大霊場と言われるだけあって、空気の流れが止まっているようです。シーンとした山の中を歩きます。そして登り切った本堂からの眺めは苦労して登ったご褒美のようでした。


次の日、さあ、下ります。かなり上ってましたから。下りって意外と疲れます。長い緩やかな下り坂の後はまた、緩やかな上り坂。緩やかな上りは一歩一歩にお願いしていました。「頑張って」って。

曼荼羅寺には、弘法大師さまが植えたと言われる樹齢1200年の松があるのですか、虫食いに侵され伐採されました。が、その松でお地蔵様をつくり、横にいらっしゃいます。いまでは、新しい芽が出て、緑でいっぱいになっていました。


出釈迦寺には、《捨身ヶ嶽》があります。

『私は将来仏門に入り、仏の教えを広めて多くの人を救いたい。私の願いが叶うなら釈迦如来よ、姿を現したまえ。もし叶わぬのなら一命を捨ててこの身を諸仏に捧げる』と空海はそう言って飛び降りたんですって。そして救われたということです。


甲山寺は、弘法大師さまの小さな頃の遊び場だったそうで出釈迦寺と善通寺の間にもう一つ建てたいと思って作られたお寺です。厳かな静かな空気が広々とした境内に漂っていました。


ここまでは、丘を上ったり下りたりでした。田舎道でお遍路さんが通ってるんだろうなぁと思いながら、周りの家や草、石で作られた椅子などを楽しみました。


「あぉ、お遍路してるぅ!」


ここからは街に向かっていきます。

いざ。善通寺へ。

今まであった、石の標識が見つからず、会う方に教えてもらうと、みなさん、とっても親切に教えてくれました。


弘法大師さま、生誕の地、善通寺。

あぁ、やっぱり空気が違う。

あったかい。

包まれてる感じがします。そして、広くて大きい。主人の学生時代の想い出の地、善通寺。いろんなことを弘法大師さまにお話ししました。


こうして歩いてることへの感謝。周りの方への感謝。

家族への感謝。

ありがとう。


宿坊に泊まらせていただき、朝のお勤めも経験し、大僧正さまのお話を聴きました。

『身体と心は一つ。身体が鍛えられれば心も鍛わり、心も整う。』

と、おっしゃいました。

(これだけ歩いてるから、少しは心も。鍛えられたかな?💞)


ここからは平坦な道路です。なのに、迷いました。これもお遍路。

田んぼの細いあぜ道を歩いたりね。


金倉寺は、智証大師(ちしょうだいし)は、弘法大師さの甥御さまのお寺です。そして、訶梨帝母(かりていぼ)さまがいらっしゃいます。鬼子母神(きしぼじん)。子の繁栄を祈ってきました。


さて、最後は道隆寺です。ここは、目なおし薬師さまがいらっしゃるというので、あやかるよう、たくさんたくさん祈ってきました(目が悪いので)。


さて帰りましょう。多度津駅から。ここは四国JR始まりの駅とのことで味わいがありました。またしてもハプニング。私が乗ったら、友人が乗る前に扉が閉まってしまいました!

えー!

でも、それは列車の連結のためでした。フー。


長い旅も終わり、約36キロの行程を歩ききった!という爽快感が身体中を満たしていました。重い荷物、も軽く感じられます。

意外とできるものてすね。

多少脚は痛いけど、歩けないわけではなく、心地よい疲労感。これなら、災害がきても、多少は大丈夫と勝手に思い、帰路につきました。


友人のおかげで今回の旅ができたことや、家族のおかげでできた旅。

本当にありがとう。

心から感謝しています。


さて、また頑張ろうっと。

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